福島第一原子力発電所事故後のPublic Understanding(科学の公衆理解)の取り組みに関する専門研究会
更新 2020 年7 月9 日
1.背景と目的
東京電力福島第一原子力発電所事故(以後、福島事故)の低線量被ばくに関する、いわゆる「リスクコミュニケーション」の取り組みを振り返ると、住民からの専門家や行政への信頼感が崩壊したことが、さまざまな対策を図る上で、最大の困難を引き起こした。情報を出す側と受け取る側の間に信頼がない状態では、有効なコミュニケーションをとることが困難であることが複数の先行研究によって指摘されており(Slovic, 1993; Renn, 1992; 木下, 2004)、福島を始めとする原発災害被災地ではしっかりとした信頼の関係性がないままあるいは関係性の構築に失敗したため、専門的情報を一方的に発信すればするほど分断が促進されるケースが多く見られる結果となった。
このような信頼の危機(Crisis of confidence)は、過去にイギリスの遺伝子組換え作物やBSE事件において経験され、社会的対立が顕在化された。イギリスでは、その反省から、Public Understanding(以後、科学の公衆理解)に取り組む上で、欠如モデルに基づいた啓発型の活動から、対話型コミュニケーションが重視されるようになった。
福島の事故後においても、対話型コミュニケーションを通じて、人々の価値観や懸念を聞き取り、回答を返していく活動が系統的に行われ確実な実績を積み重ねている事例もあるが目立たないために、断片的に行われているに過ぎないと受け止められている状況にある。その一方、新しい試みが実績を残した例もある。日本保健物理学会では、Face to faceコミュニケーションではないが、インターネットを用いた例として、事故後早期に、有志による「専門家が答える暮らしの放射線Q&A」ウェブサイトを立ち上げ、開始後4ヶ月で約750件の質問に回答をした。8月には「暮らしの放射線Q&A活動委員会」が正式に発足し、2013年1月末までに合計1,870件の質問に回答するとともに、より広い公衆に届けるために80件の代表的な質問への回答を書籍化した。しかしながら、それらの取り組みは十分に整理されているとは言いがたく、またその効果も精査されていない。
本研究会では、福島事故後に行われてきた科学の公衆理解の取り組みを、既存資料の収集と事例検討を通じてGood Practiceを抽出し、類似点と相違点を明らかにすることにより、事故後の信頼が失われた状況における科学の公衆理解のあり方や専門家はどのような心構えや態度で対応すべきか等について提言を試みる。
2.活動内容
本専門委員会の実施にあたっては、国際放射線防護学会(IRPA)のPublic Understandingのタスクグループ(TG)と連携して行う。主査の吉田と幹事の黒田がTGのメンバーであるため、両者を介して情報収集や意見交換を行い、効率的かつ効果的な運営を推進する。
<情報収集の方法>
分析の対象となる資料は、福島事故後に影響のあった地域に居住する住民に対して、政府・自治体、大学、学会から提供されたものを中心に収集する。インターネットで公開されている資料に加えて、パンフレットや冊子化されたものも対象とするため、自治体や省庁(環境省や内閣府支援チーム)等の協力を得て、資料を収集する。IRPAのPublic UnderstandingのTGメンバーから収集された各国や国際組織の資料も対象とする。
<分析の手順>
1)専門研究会で、資料に対する評価の視点(項目)を様々な資料を基にして整理し決定する。その際に、外部の専門家からの意見を求め、客観性を高める。
2)専門研究会のメンバーが評価項目に準じて評価を行い、メール等で他の委員からの意見を求めて、最終的な評価を決定する。
3)評価の高い資料をGood Practiceと見做し、その資料の共通点を専門研究会のメンバーで検討する。
なお、会議は電子メールで行う。分析の手順についても、IRPAのPublic Understandingの専門家からの助言を求める。
<知見の一般化>
分析の結果、国内のGood Practiceと考えられた資料を英訳し、IRPAのWebsiteに掲載し、国際的に情報を発信する。また、IRPA15(2020年)で成果を発表し、知見の一般化を図る。IRPAのPublic UnderstandingのTGメンバーから収集された各国や国際組織のGood Practiceと考えられた資料について、国内への発信を図る。これらのプロセスを通して、事故後の信頼が失われた状況における科学の公衆理解のあり方や専門家はどのような心構えや態度で対応すべきか等についての提言を試みる。
3.本専門研究会会員メンバー
13名の会員の他、6名の常時参加オブザーバーにより活動を行っています。(2019年4月1日現在)
委 員(主査) |
吉田 浩子*1 |
東北大学 |
委 員(幹事) |
黒田 佑次郎*1 |
福島県立医科大学 |
委 員(幹事) |
河野 恭彦 |
日本原子力研究開発機構 |
委 員(会計) |
迫田 晃弘 |
日本原子力研究開発機構 |
委 員 |
服部 隆利 |
電力中央研究所 |
委 員 |
山口 一郎 |
国立保健医療科学院 |
委 員 |
中野 裕紀 |
福島県立医科大学 |
委 員 |
横山 須美 |
藤田医科大学 |
委 員 |
佐藤 紀子 |
福島県健康福祉部 |
委 員 |
内藤 航 |
産業技術総合研究所 |
委 員 |
工藤 ひろみ |
弘前大学 |
委 員 |
清水 真由美 |
弘前大学 |
委 員 |
野村 直希 |
福井工業大学 |
オブザーバー |
五十嵐 泰正 |
筑波大学 |
オブザーバー |
高原 省五 |
日本原子力研究開発機構 |
オブザーバー |
矢板 信吉 |
飯舘村社会福祉協議会 |
オブザーバー |
安東 量子 |
福島のエートス |
オブザーバー |
下 道國 |
藤田医科大学大学院 |
オブザーバー |
工藤 伸一 |
放射線影響協会 |
*1 IRPAのPublic UnderstandingのTGメンバーを兼ねる
4.最近の活動
第1回専門研究会にて決定された3つのテーマにそったグループごとに、主にSkypeを利用した会議システムにより活動を進めています。これまでに開催した会合の概要をご紹介します。
・第53回研究発表会 「福島第一原子力発電所事故後のPublic Understanding(科学の公衆理解)の取り組みに関する専門研究会」のパネルセッション -活動成果報告及び関連分野からの専門家を交えた議論- : 2020年6月30日開催済
・第4回(最終回)専門研究会:2020年3月12日開催済
・第3回専門研究会 :2019年9月 5日開催済
・第2回専門研究会 :2019年3月14日開催済
・第1回専門研究会 :2018年8月 6日開催済
以上